「おはようございます旦那様」

   
   淀みなくそう言って、一護は静かに頭を下げた。

   絶妙な角度でもって成されたそれにあわせて、しなやかな橙の髪が僅かに揺れて窓から差し込む朝日に透ける。

   
   「やぁ、お早う一護君」

   
   きらきらと光り輝くその髪に目を細めて、藍染は嬉しそうに笑うと愛しい髪に触れるべくそっと手を伸ばす。

   が、手が触れる寸前に一護の手によってそっけなく払われてしまった。

   ぱしりと乾いた音がして、払われた手を擦りながら藍染は笑みを苦笑に変えた。


   「酷いな。触るぐらいいいだろう?」

   「使用人の髪なんか触ってどうするんですか。いいからさっさと食卓について下さいよ。

    今桃が朝食の準備をしていますから」


   容赦なく切り返される言葉にも懲りることなく、そのまま踵を返そうとした一護を後ろから抱きすくめると髪の

   間から覗く耳に唇で触れる。


   「一護、」


   名前を囁きながら抱きしめる腕の力を強めると、藍染の腕の中一護がぴくりと小さく身じろいだ。そして、


   「いいからとっとと朝飯を済ませやがれボケ当主」

   「ぐっ…」


   主人の腹に思い切り肘を食らわせた。


   「朝は色々とやる事があんだよ。唯でさえこの屋敷無駄に広いんだから!

    あんただってこれから仕事だろうが。忙しい俺達使用人の手を煩わせるんじゃねぇよ」

   「…はい」


   早々に敬語すら消え失せとてもご主人様とは思えない扱いにしかし文句をつける隙もなく、すごすごと席に着く

   藍染を一瞥すると一護は早足で仕事へと戻った。

   屋敷の掃除にシーツ類の洗濯に家具の手入れに、その他諸々。

   その前に今日は時間がないから桃の朝食作りを手伝ってやった方が良いかも知れない。

   とにかくやるべき事は沢山あるのだ。

   先ずはあのボケ当主の目を醒まさせるべく、とびきり熱い珈琲を淹れてやらなければ。

   ―――今日も藍染邸(ていうか特に俺!)の朝は忙しい。





 藍様と愉快な使用人たち(仮)





   広い食卓には純白のクロスが広がって、その上からかちゃりと小さな音を立てて藍染は珈琲カップをソーサーご

   と持ち上げた。

   カップを顔の前まで持ってくると、ふわりと香る芳醇な香りに自然と顔が綻ぶ。


   「やはり一護君の淹れてくれた珈琲が一番だね。この香りだけで目が醒める様だよ」

   「それはどうも。でしたら毎朝藍染様の起きてくる前に淹れればきちんと起きて下さいますか?」

   「君が僕の部屋で毎朝淹れてくれるなら起きられるかも知れないね?」

   「んなのさらさらごめんです」

   「おやおや」


   胡散臭い笑みを浮かべながら大仰に肩をすくめて見せた藍染を綺麗に無視して、一護は食卓を整える。

   一護と同じくこの屋敷の使用人の一人である桃が、もうすぐ主人のための朝食を運んでくるのでその準備だ。

   基本的に、この家には人が足りないと一護は思う。

   結構な規模の屋敷であるのに、そこに住まう使用人の数は片手で足りるか足りないかといったところだ。

   その内の一人は、藍染の秘書のような事までしているのであまり屋敷内の事には関わらないし。

   もう一人はそもそも普段何をしているか分からないというか、あまり屋敷内をうろつかないのでつまり一護たち

   がしているような仕事はしていないと言う事だろう。

   他にもいるようなのだが一護は未だ出会ったことがない。

   要するに、実質一護と桃の二人だけで普段の仕事をこなしているのだ。

   藍染に人を増やせと陳情しても、十分だよ、などと言って笑うだけなので意味がない。

   思えば最初からおかしな男だったのだ。藍染惣右介という男は。



   藍染惣右介。国内でも名の知れたグループのトップであり、数々の事業をその手腕でもって成功させている凄い

   男…らしいのだが。一護にはよくわからない。

   けれど、一護はその藍染惣右介に拾われたのだ。何と言うかもう、犬猫のように。



   実を言えば一護は大学卒業後、藍染のグループとはライバル関係にある別の会社に就職が決まっていたのだ。

   そんな折偶々用事か何かで街を歩いていたところに、藍染と出会った。


   「君、ちょっといいかな? そこの、オレンジ色の髪をした君だよ」

   「あぁ?」


   髪の色を指され呼び止められることはよくあることで、それらは大抵は聞いても宜しくない内容だったので、一

   護はいっそ無視して去ろうかと思っていたのだが、さり気なく進路を塞がれて前に立たれてしまったので仕方な

   く相手の顔を見上げた。背が高いので結構な角度になった。


   「君、今どこかで働いているのかな」

   「何でそんな事あんたに言わなきゃなんねぇんだ」


   しっかりとした体躯に綺麗に外国製のスーツを着こなして、甘い茶色の髪は緩くウェーブが掛かっている。

   黒縁の眼鏡に隠された瞳は穏やかで、形の良い唇が美しく弧を描く。

   一見好人物に見えなくもないが、声を掛けられた一護にはその柔らかな微笑を含めすべてが胡散臭く見えた。

   自然と威嚇するように睨み付け、ぐ、と身体に力を入れたところで、男は口を開いた。


   「君が欲しい」

   「…は?」


   …何言ってんのコイツ。

   言われた事の意味がさっぱり分からなくて、思わず力が抜けてしまった。

   あまりに呆然としすぎたところに男がこちらの勤め先だのを聞いてくるものだから、つい不用心にもポロリと会

   社名を零してしまった。

   それを聞いた男はふむ、と顎に手を当てて後、やはり笑顔で喋りだした。


   「そこは駄目だね。これから僕が潰す予定だから」

   「は、ぁ!?」


   とんでもない事を言い出した男に、いよいよ頭がおかしいのではと思い始めた一護は急いでその場から逃げよう

   としたのだが、次の瞬間男に腕を掴まれて動けなくなってしまった。


   「僕のところへおいで」


   そこだけ何故かさっきまでの胡散臭げな笑顔とは違う笑みで言われて、不覚にも目を奪われてしまった。

   しっかりと目を開き、こちらの、心の深い場所までも覗き込まれてしまいそうな、そんな眼で。

   どうしてか、そこから目が離せなくなってしまって。

   掴まれた腕はびくともしなくて、その事実に恐怖すら感じるのにそれでも尚一護は男の眼を見つめ続けた。

   すぅ、と男の瞳が細められ、その色が濃くなる瞬間を一護は見逃さず。


   「ああ、やはりいいな。君は、とても、良い」

   「、何」


   口を挟む間もなく突然抱え上げられて、近くに停めてあったいやにでかい車に押し込められて、

   …それからの事はよく覚えていない。というか、思い出したくないのだが。

   いつの間にやら男は一護の就職先に話をつけて一護の雇用を取り消して、そんな事までするのだからてっきりそ

   の男の会社にでも連れて行かれるのかと思ったらそうではなく、とんでもなくでかいお屋敷みたいな所に車は入

   っていった。

   そして気が付けば、やはり馬鹿みたいにでかいベッド(キングサイズってヤツか?)の上に一護はいた。

   波を打つ真っ白なシーツの海に沈められて、見上げれば男の顔が酷く近い。

   それを認識したところで漸く一護は、あ、俺もしかしてやばいんじゃないの、と冷や汗を垂らした。

   どう考えても、これは、そういう事なんじゃないだろうか。

   不安げな表情で己の顔に影を落とす男の顔を見上げれば、そんな一護の様子を楽しんでいるかのように男は笑っ

   た。数刻前のように、深い色の瞳をさらに濃厚な色に変えて。

   まるで、そうされれば一護が動けなくなってしまう事を知っているかのように。


   「僕は藍染惣右介、だよ。宜しく。黒崎一護君?」


   そうして一護の首筋に顔を埋める瞬間になって初めて名乗った男、藍染惣右介は、一護の白い肌に口付けたまま

   くく、とくぐもった笑い声を上げた。



   ―――あれ、俺、いつ名乗ったっけ?






   To Be Continued

  2006.5.29 sakuto kamunabi                    BLEACH TOP

   すいません嘘です今30日でっす!…一日遅れましたorz
   でも話自体が別に誕生日と何ら関係のない話なのでまぁ良いかな、と。
   よく分からない主従パラレル(どこら辺が主従なのか)。
   藍染様犯罪です変態です。一護は危機感なさすぎです。
   ていうか…あれ、続いてるんですけど!!?…と言うわけで何となく続くのかも…
   一応藍一ですけどこれからいろんな人に出会う予定。とりあえず一護たんお屋敷探検話になりそうな予感…(笑)。