Thunderbolt!
「いーちーごーちゃーんっ。あーそびーましょっ!」
「…どこの小学生だお前は…」
ガラリ、と自室の窓を開け家の前の道を見下ろして、そこにいるいつもの顔に一護はがくりと肩を落とした。
「こんにちは一護ちゃんv」
一護の部屋の真下、銀色の髪をした男が、ひらひらとこちらに向かって手を振っている。いい年をした大人が恥
ずかしくはないのだろうか。思わず顔を顰めたが、男は気にもせず一護に向かって大きく腕を振り回した。
「なぁなぁ、一護ちゃん。お部屋いれてー。ボク今日はお話もあるんよ。な?えぇやろっ」
にこにこといつも細い目をさらに細めてもうどこに目があるのだか分からないくらいに笑顔全開で声を張り上げ
ると、一護は観念したように琥珀色の目を伏せて嘆息した。
「ったく、分かったから大声出すんじゃねぇ。そんなとこ突っ立ってないで、早く入って来いギン」
「はーい!ほな、ちょっと待っててなー」
パタパタと嬉しそうに駆け出すと、すぐにばたん、と玄関の扉の音が響いた。
「まったく、ギンのヤツ…もう少し静かに閉めろよな」
不平を言ってみるものの、これもいつもの事だ。
あの大人気ない幼馴染は出会った頃からああだったのだから。
一護の顔に浮かぶのは優しげな苦笑だった。
一方黒崎家の玄関に元気よく駆け込んだ市丸ギンは、今その玄関に佇んだまま、靴も脱がずに深呼吸を繰り返し
ていた。
(落ち着け、自分。今日こそ…今日こそは、や!)
そう、今日こそこの想いを一護に告げるのだ。そして。
目指せ、脱・弟!!
―――別に一護とギンは兄弟ではない。だが、ギンは一護の弟分だった。
考えてみればおかしな話である。ギンは今大学生で、一護は中学三年生。ギンのほうがずっと年上で、身体だっ
て二人とも細身ではあるがやはりギンのほうが一回りは大きかった。
それでも、幼馴染として過ごしてきた数年間ギンは一護の弟だったのである。
何故ならギンが一護にめろめろだったからだ。
初めて会ったときにまずそのあまりにも鮮やかな髪色に目を奪われた。そして、その光り輝く髪よりももっと綺
麗な魂に心奪われずにはいられなかった。
まだ子供だった一護にその気持ちをどう届けてよいものやら分かりかねていたギンは、とにかく一護のあとを追
い回した。どこへ行くにもついて回って、その愛らしい容姿とは裏腹に男前な一護の云う事を何でも聞いた。
勿論それはギンや周りを困らせるような事ではなくて(寧ろそういう事はギンが言い出してはいつも幼い一護に窘
められていた)、やれ木の上の猫を助けろだとか、迷子のおばあさんの道案内をしろだとかとにかく色々と走り回
って今にして思えばなかなかに正義感(?)の強い子供だったのだ。
そんな一護が、可愛くて仕方がなかった。
だから自分が一護の弟分である事も自ら公言して憚らなかった。
いつの間にかギンは、気がつけばその小さな背中を、あの眩いオレンジをいつも追いかけていた。
そして走る自分の後ろをついてくるギンがその名前を呼べば、一護はどれだけ離れていてもすぐに振り返りふわ
りと笑って待っていてくれるのだ。その瞬間が、何よりも好きだった。
が、しかし。
それだけでいつまでも満足していられるほど、ギンは子供でもましてや良識のある大人でもなかった。
なんと言っても、一護は今や十五歳なのだ。そりゃあもうぴっちぴちの。
(すっかり美味しそ…もとい、大人っぽくなってしもて…おかげでこっちは気が気やあらへん)
小さい頃から元気に走り回っていたおかげかその身体はすらりと細く引き締まり、腰の辺りがまた何ともいえな
い色気を醸し出している、と思うのは自分の惚れた欲目だろうか。
だが現実に、中学に入った辺りから一護に近づく不穏な輩(男女問わず)がいやに増え始めたのだ。勿論見つけ次
第即刻排除してきたが、ただでさえ歳の離れた自分が傍にいられる時間が年々限られてくるのに今度は高校だ。
このままでは、いつ一護を他の誰かに攫われてしまうか分からない。
(一護ちゃんは、ボクのや。誰にも渡しとうない…!)
けれど一護にしてみれば自分はただの弟分でしかない。いや可愛い弟分ぐらいには思ってくれているだろうが。
今までいくらアピールしても、純粋で、自分に向けられる好意に鈍感なところのある一護にはさっぱり通じなか
った。
とにかくこのままでは駄目なのだ。
いつまでも、弟のままではいられない。
あの背中を後ろから追いかけるのではなくて、隣に並んで。
寧ろ自分が彼の手を引いて歩けるように。
「おい、ギン?何してやがる、上がってこねぇのかー?」
「今行くよー!」
ぐっと拳を握り締め、決意も新たに一護の待つ部屋へと続く階段を上る。
下剋上まで、あと少し。
「で?話って何だよギン」
「うん、それなんやけどな」
立ったまま机に寄りかかって部屋に入ってくるギンを見ていた一護の視界が、突然くるりと反転した。
ひょいっ。ぽす。ぎしっ。
立て続けに起こる不可思議な現象に目を白黒させていると、いつの間にか目前には見慣れたギンの顔。
「…おい、ギン。聞いていいか」
「うん?」
「何で話を聞くのに、ベッドに押し倒されなきゃならねぇんだ?」
恐ろしいくらいの早業で軽々と一護を抱え上げてベッドへと放り投げ、その上に覆いかぶさったギン。
一護が抵抗する間もなく、顔の脇にはしっかりとその両腕が置かれ身動きもままならない。
「ええい、退け。邪魔だ」
「まぁまぁ一護ちゃん。暫くこのままボクの話聞いてくれへん?」
「このままか?」
「うんそう、このまんま」
「しょうがねぇな…じゃあさっさと話せ」
「おおきにv」
承諾を貰い遠慮なく一護を見下ろすギンは、嬉しいながらも内心複雑だった。
いくら幼馴染とはいえ、男に組み敷かれて何とも思わないのだろうか。嫌がられても悲しいが、こうも何の反応
もないのも淋しいものがある。少しくらい意識してはもらえないものだろうか。
それに同じ男だからこそまさかそういう対象に見られているとは思わないのだろうが、その危機管理能力のなさ
にはぞっとする。
これがもし、ギン以外の男だったら。
それでも一護はこんな風に無防備でいるのだろう。冗談ではない。
「あんなぁ一護ちゃん。ボク、もうすぐ大学卒業やろ?」
「おう、そうだな。まだおめでとうには早いけどさ、そういえば何か欲しいモンとかあるか?
何かありゃお祝いぐらいしてやるぞ」
あんま高いものは買えねぇけどな。
ギンの下で、軽くはにかみながら嬉しそうに話す一護。可愛い。
確かに、自分の欲しいものはちょっと高いかもしれない。金額の問題ではなくて、とくに一護にとっては。
「そら嬉しいなぁ。でもな、その前にボク、もう一個卒業しよう思てるモンがあんねん」
「ん?お前、何か他にやってたっけ??」
「一護ちゃんの、弟分から。今日卒業するわ」
「え…」
ふ、と一護の顔から表情が消える。
いまいち意味が分からないという風に軽く首を傾げると、まじまじとギンの顔を見つめた。
「ギン?」
「ボクももう社会人になるんやし、いつまでも一護ちゃんの後ろひっついてる訳にもいかんやろ」
このままの勢いで告ってしまえ。それで、一護に分からせてやらなければ。
自分が、他の誰よりも一護を愛しているという事を。
そして一護が、他の誰でもない、市丸ギンという男のものである事を。
「何だよ、それ…」
「そやし、一護ちゃんの弟、もう止める」
ギンを見上げる一護の瞳が揺れる。その色に、心臓がどくりと音を立てた。
そして唐突に今の何ともおいしい状況を思い出す。
話の途中で逃げられない様にする為もあるが、直接的な行動に出ればいくら鈍い一護でも意識せずにはいられな
いと思ったからこそのこの体勢だ。
このまま、キスの一つでもしてしまえば。
こくり、と喉が鳴る。知らず近づく顔。
「あんな、一護ちゃん、ボク…」
僅かに俯いた一護の頬に、意外と長い睫毛の影が落ちるのが綺麗だった。
「弟や、なくて」
その長い睫毛の奥から、ひらりと一筋の。
「一護ちゃんのこいび………って、えぇえ!?い、一護ちゃんっ?何で泣いてんのん!?」
ボクまだ何もしてへんよ!?
何故か突然泣き出してしまった一護にどうしていいか分からないギンは、とりあえずがばりと急ぎ身体を起こし
一護を引き起こすと、俯いたままの顔を覗きこんだ。
「ギン…そうだよな、お前だってもう子供じゃないもんな」
「んん?」
ぽろぽろと涙を零しながら、こちらを見ずにポツリと何事かを呟く声に必死に耳を傾ける。
「お前はもう大人で、これから社会人になって…色々忙しくもなるのに…
俺みたいなガキに付き合ってる暇なんてないよな」
「え、ちょ…一護ちゃん??」
何か、えらく誤解をされてはいないだろうか。これではまるで別れのシーンではないか。
「彼女とデートとかだってしたいだろうし、…いつまでも俺だけのギンじゃ、ないよな」
ががーん。
一護のあまりの言葉に二重の意味で衝撃を受けた。
俺だけの、という言葉に危うく浮かれかけたが、このままでは一護は自分から…というか寧ろ自分が一護から離
れようとしている事になってしまう。断じて違う!
しかも一護はそれに納得しかけているではないか。これは由々しき事態だ。とにかく誤解を解かなくては。
―――と、些か慌ててしまったのが敗因だったと後でギンは後悔する事になるのだが。
「分かった、もうこうやって会う事も…」
「ストップストップ!一護ちゃん、ちゃうから!!ボク、一護ちゃんと離れたいやなんて思うとるんとちゃう!」
「…そうなのか?でも…」
「彼女なんておらんし、忙しなってもまたいっぱい遊べるようするから!」
ゆっくりと顔を上げた一護がギンを見つめる。
その目には未だ涙が残っていて、ギンは居た堪れない気持ちになった。
うぅ、こんなつもりではなかったのに。
「じゃあ、まだ一緒にいられるのか…?」
「あったり前や!まだ、やなくて、ずっと一緒におるよ」
「ほんとに?ずっと、俺の弟でいてくれる?」
「昔っからずぅっと、一護ちゃんはボクのお兄ちゃんやんか」
「…そっか!」
そうしてやっとの事で笑顔になった一護は泣いた事が恥ずかしかったのか、途端に顔を伏せてギンを押し退けベ
ッドから降りると、飲み物を取ってくる、と言ってそそくさと階下へ降りていった。
…ああ、びっくりした。
まさか一護が泣くとは思ってもみなかったギンは、ようやく人心地ついた気持ちでいた。
告白はふいになってしまったが、一護に泣かれるなんて耐えがたいことだ。泣いている顔も勿論可愛いが、やは
り自分は彼の笑った顔が好きなのだから。
それに、たとえ恋愛対称としてではなくともあれほど自分の存在を求められたら、誰だって言いなりにならずに
はいられまい。
…しかし、それにしてもいつもの一護からは随分とかけ離れた状態だった。
思わずう〜んと考え込んでしまったギンは、大分先ほどの動揺が抜けて落ち着きを取り戻した事もあって、ふと
あることに気がついてしまった。
あれ、もしや、まさか。
「今のて…ボク、もしかしてかわされたんとちゃうの?」
『ぶっ…く、あっははははは!』
「!!」
突然どこからか盛大な笑い声が聞こえてきて、ギンはものすごい勢いで顔を上げるときょろきょろと辺りを見回
した。今のは、紛う事なき一護の声だ。
だが、おかしい。リビングへと降りていった筈の一護の声が、明らかに一階からではなく窓の外から聞こえてく
るではないか。
急いで外に面した窓を引き開けると、先ほどギンがここへ来たときに一護を呼んだのと同じ場所で。
一護は腹を抱えて大爆笑中であった。
「いっ…一護ちゃん!?何でそんなとこで笑とんの!」
「は、だ、だってギン…うくくっ、お前、すっげぇなっさけない顔…っ!おかしすぎ…!」
「んなっ!ま、まさか嘘泣きかい!!って、そやけど何でそんなとこおんの!?」
「えー、だって部屋に二人っきりでいたら何されるか分かんねぇし」
ボクの気持ちもバレバレやん!!
おまけに下心まで見抜かれている。なんてことだ!
「だってお前、分かりやす過ぎなんだよ。それも昔っから」
「どこら辺が!?ていうかそれやったら、今まで知ってて分からん振りしとったってこと!?」
分かりやすいなんて言われたのは初めてだ。
自慢じゃないが周りからはいつも笑顔の裏で何を考えているか分からない等と言われているのに。
分からないどころか、見抜かれている事にも気が付かなかっただなんて。
「うぅ〜っ、一護ちゃん酷っ!いつからそんな意地悪い子ぉになったん!?」
昔はもっとえぇ子やったのに!!
よもやまさか、一護に謀られるなんて。ギンにとっては青天の霹靂と言ってもいい位だった。
「ん〜さて、いつからかな。…そうだな」
暫し考える素振りを見せた後、窓から身を乗り出すギンを見上げて一護は、
「お前の事、本気で好きになってから、じゃねぇの?」
ふわり、と今まで見たこともない様な綺麗な顔で微笑った。
「な…、」
一瞬言われた事が上手く飲み込めなかったが、理解した途端凄まじい勢いで顔に熱が集中するのが分かった。
一護があんな顔で笑って、自分のことを、好きだと。
もう倒れそうだ。心臓が痛いくらいに鳴っていた。
「いいからお前も降りて来いよ。大学卒業祝いに茶ぐらい奢ってやっからさ!」
二の句の告げないギンに一護はいつもの明るい笑顔になると、いつの間に持ち出したのやら自分の財布を振りな
がらギンを手招いた。そして、くるりと向きを変えると軽やかに走り出す。
「早く来ねぇとおいてくぞー!」
一護の言葉にようやく我に帰ると、既に一護の姿は家の前から消えている。
「ちょ、まっ、一護ちゃん?一護ちゃ―――んっ!!(半泣き)」
慌てて家から飛び出してみれば、道の向こう、曲がり角の前には夕日の中佇む一護の背中。
「一護ちゃん!!」
呼べば光の中振り返って、そして笑った。
「早くおいで。ギン」
結局、男らしく告白して尚且つ主導権を手に入れようとしたものの、それすらも一護に先を行かれてしまった。
再び走り出した一護の自分より小さな背中を、夕日に溶けるオレンジを、ギンはまた追いかける。
「…かなわんなぁ」
呟くその横顔は、すっかり緩みきってしまっていたが。
下剋上には、まだまだ程遠いようであった。
2006.4.13 sakuto kamunabi BLEACH TOP
貴 方 た ち 誰 で す か !(でもこれをギン一と言い張ってみる。)
ていうか、市丸・よわっっ!!いや、単に一護さんが弟みたいにギンのこと
甘やかしてたらいいなぁとかいう妄想から派生した小話の予定だったんですが…。
じゃあほんとに弟みたいにしてそんじゃいっちょパラレルで!
…というわけでこんなカンジに…。(遠い目)
無駄に楽しかったです。(そして無駄に長い)