花火





「おー、やってるやってる」

「人が多いな…」


所狭しと並ぶ屋台。たこ焼きいか焼きりんご飴、チョコバナナに綿菓子カキ氷。

他にも、金魚すくいにお面、型抜きなんてものもある。

流石にこのあたりで一番大きな祭りだけあって、屋台の種類も豊富だ。

広い場内にどこからともなく流れるの盆踊りの曲はどれも一度は耳にした事のあるもので、それを聞くだけで

祭りの只中にいる気になる。いや、実際今日は祭りに来ているのだが。

一護は緩やかに浴衣の裾を浮かせて振り返ると、徐に手を差し伸べる。

いまだどこか納得がいかない、というような顔で夜店の賑わいを眺める、日番谷冬獅郎その人へ。


「…なんだ」

「いや、人が多いからさ、はぐれねぇように手繋いどこうかと思って」

「別に構わねぇが…珍しい事もあるもんだな?誕生日だからか?」


からかうような笑みを向けながら一護の手を取る冬獅郎に、一護は苦笑を零した。

たしかに、日頃自分が人前での彼との接触を拒む傾向にあることは自覚している。

だが、別に触れ合う事を厭うている訳ではない。単純に、知り合いに見られてあることないこと言われるのが

面倒なだけで。

―恋しい人に触れられて、嫌なことなどあるものか。


「誕生日だからってなんだよ。…まぁ、家から大分遠いしな」

「そうか」


そうして一護の手を握る暖かな手に、そして予想外に優しく微笑むその瞳に、僅かばかり体温が上がるのを

感じながら、小さな(なんて言ったら怒られるに決まっている)その手を少し強めに握り返した。

今日は、いつもより、少し、


「しかしな…どうしてわざわざ誕生日に花火大会なんだ?」

「いや、特に意味はねぇよ。丁度今日だっただけで。冬獅郎と見たかったんだ」

「花火をか」

「んー…何か、色んなもの」

「…そうか」


手を繋いで歩くというのも、こんな風に人ごみの中を共に歩くことも、そうあることではない。

なにやら新鮮な気持ちで祭りを楽しむ一護を、やはり冬獅郎は殊更柔らかく見つめていて。

その包み込むような視線に、心音が常より早いリズムを刻む。


「なんかさ、今日の冬獅郎変じゃねぇ?」

「変とは何だてめぇ。どこがおかしいってんだ」

「や、だって何かその…変に優しいっつうか」

「…それを変、で括るお前のほうが変だろ」

「む」


メインの盆踊りと太鼓の音が鳴り止めば、自然と人が一定方向に向かって集まっていく。

やはり、祭りの締めくくりといえば、夜空に咲く大輪の。

やがてひゅるると音を立てながら夜闇を光の筋が上っていき、ほんの一瞬の静寂の後、橙の華が大きく咲いた。

周囲は歓声に満ち、その一発を合図に次々と色とりどりの華が夜空を埋め尽くしてゆく。

黙って見上げていた二人だったが、暫くして冬獅郎は空を仰いだままぽつりと言った。


「まぁそうだな…今日は、お前の誕生日だからな」

「だから優しいのか?やっぱ何か変じゃねえ??それに、冬獅郎ってあんま誕生日とか気にしなさそうだよなぁ」


『一つ歳を取る事の何が嬉しいんだ』なんてさ、と冗談めかして言ってやれば、しかし冬獅郎はふるりと首を

横に振った。

「そんなことはねぇよ。いや、自分の誕生日なんぞ確かにどうでもいいが。今日は特別な日だ。

…お前が、この世に生を受けた日だから」

「冬獅郎?」

「だから、感謝をしている。お前を生み、育んできたこの世界の全てに。一護が、この世に生まれてきたことに。

…誕生日っつうのは、そういう日だろ?」


冬獅郎の言葉に目を見開く一護の頬に、するりとてのひらを滑らせて、まるで存在を確かめるような仕草で触れる。

それに擽ったそうに身を竦ませて、けれど一護は柔く触れてくる唇を避けることはなかった。


―誕生日じゃなくても、いつでも同じような思いでいるのだと、言ったら冬獅郎はどんな顔をするだろうか。

ふと閉じていた瞼をうっすらと開き、花火の光を受けて控えめに輝く白銀の睫毛を視界に入れながら、

一護はそんなことを思った。


生まれてきてくれてありがとう。そう言ってくれる貴方が、


今隣に居てくれることに、ありがとう、と。



「―ところで一護、今日は泊まりじゃねぇのか?」

「いや帰るから。明日まだ学校あるし」

「…ちっ」

「ちっじゃねぇ!!てかどさくさに紛れてどこ触ってやがるてめぇ!」


冗談で振り上げた拳から笑って逃げていく背中に、一護は一つ溜め息をついた。

彼のように、言葉で伝えるのには自分にはまだ時間が要りそうだ。

そういうところが子供なのだと、笑われてしまうのかもしれないけれど。



ならばとりあえずは、貴方がいるこの世界に生まれてきたことにも、感謝を。




2006.7.15 sakuto kamunabi BLEACH TOP