いらない
特に何があるわけでもない部屋に、一護はころりと横になっていた。 そこは何もない虚圏の中で、特に一護が気に入っている部屋だった。ひやりとした床の感触が心地いい。 どれくらいそうしていたか分からないが、ふと床に押し付けた耳がこつこつと静かに近づいてくる足音を拾う。 一護は、それとは反対の方向に顔を向けたままその者の名を呼んだ。 「ウルキオラ」 ウルキオラと呼ばれた、整った白い面の細身の男は、一護の頭のすぐ近くで足を止めるとそのまま高い位置から 一護の橙の頭を見下ろした。 暫く二人とも何事も口にはせず、広い部屋をただ静寂のみが覆う。何気なく一護がウルキオラの顔を振り仰ぐと、 彼もまた一護の琥珀の瞳を見下ろし、そしてそのまま腰を下ろした。 途端に距離が近くなって、一護はまた顔の向きを戻して視線を逸らす。 すると、ウルキオラが一護の髪に触れた。 「今日は7月の15日だ」 「それが何?」 「誕生日だと、聞いた」 何だそれ、と一護は呟いた。確かに自分の誕生日は7月15日だが、そんなおめでたい単語が似合う状況なのだろうか。 大体にして一護をここに連れてきた張本人が、言うようなことでもなかろうに。相変わらずよく分からない男だ。 「…あんたにも、あんの。誕生日」 「いや、そんなものはない」 「だったら、いらない」 「一護?」 自分はこの男に攫われ、虚圏へ来た。そして帰らない。 帰れない、のではなく。 ならば、現世に生れ落ちた日のことなどもうどうでもいいことだ。 ―強いて言うなら。 「いらない」 「そうか」 「なぁ、俺がここに来たのっていつだったか覚えてるか」 「―ああ」 「だったら、それでいい」 虚圏へ来たその日、そしてこの男の傍にいると決めた日が、きっと、真に今の自分が生まれた日だろう。 あの頃とは違うのだから。そう、何もかもが。 緩く髪を梳いてくる指の感触に、一護は静かに目を伏せた。 |
2006.7.15 sakuto kamunabi BLEACH TOP