日一+乱 三部作 いってみようやってみよう!
++一護編++ 「それでさ、その店今度から夜はお酒始めるんだってよ。恋次たちが騒いでて、」 「ほぉ…それはまた、松本が喜びそうな話だな」 「…」 「一護?」 急に話を止めてしまった俺を見て、冬獅郎が不思議そうに覗き込んでくる。 当然だ。今の今まで会話は弾んでいたのに、急に黙り込んだりしたら気にするに決まってる。 でも。 「…冬獅郎ってさ、何かっていうと直ぐ松本さんの話になるよな」 まぁそれはつまり、くだらない嫉妬だった訳だが。 でも、やっぱり気にせずにはいられなかった。 俺と冬獅郎は、所謂ところの恋人同士というヤツなのだが。 まだ出会ってから日が浅く、知らない事だって沢山ある。それは仕様がない事だって分かってる。 これから知っていけばいいのだし、だから俺は冬獅郎と二人で他愛もない話をしている時間がとても好きだ。 …だけど、その話の端々に出てくる彼の副官、松本乱菊さん。 彼女はとても魅力的な女性で、しかも優秀で(冬獅郎曰くサボリ癖があるようだが)、 そして副官という立場上いつも冬獅郎と一緒にいる。それはそれは、長い年月。 話していて彼女の話題が出る度に、そこに二人がどれだけ長い時間を共に過ごして来たかを 思い知らされている様な気がしてしまって。 勿論俺だって松本さんの事が嫌いな訳じゃないし、ましてや二人の仲を疑っている訳でもない。 でも、いつも一緒にはいられない俺からすれば、そんな二人の関係性にやきもきせずにはおられない。 馬鹿馬鹿しい事だって、分かっていはいるのだけれど。 「…何だ、妬いてんのか?」 そんな俺の気持ちなんかまるでお見通しとでも言うように冬獅郎は、何かやな感じににやりと笑って。 随分と可愛いことをするじゃねぇか、なんて、やな感じな事を言う。 そんな風に言われてしまえば、元来素直になれない俺は大人しくはいそうです、とは言えなくなってしまう。 「べっつに?ただそう思っただけだよ」 ぷい、と膨れっ面のままそっぽを向いた俺を、けれど冬獅郎はひどく優しく見つめていて。 そんな彼の表情をばっちり目の端に捉えてしまっていた俺は途端に恥ずかしくなってしまって、 何だか居たたまれない。顔に熱が集中するのが分かった。 「…何だよ」 冬獅郎の顔を真正面から見れない俺は、やはりあらぬ方向を向いたままでいたのだけれど。 不意に腕を掴まれて抗う間もなく引き寄せられて。 気がつけば彼の腕の中。黒い死覇装の合わせと白い羽織の肩口が目の前に広がっている。 突然近くなったその距離に否応なしに鼓動が跳ねて、益々顔が上げられない。 訳も分からずにぐるぐるしている俺を抱きしめたまま、またしても唐突に、冬獅郎が笑い出した。 「〜っ、何笑ってやがる!」 「いやなに、俺は本当にお前の事が好きで仕方がないんだなと、そう思ってな」 「な…っ」 何言ってんだこいつは! いきなりくつくつと笑い出して、何を言うかと思えば。 今の流れから言って、寧ろ逆ではないのだろうか。 何でそんな話になるんだかさっぱり分からないんですが。 恐らく未だ赤いだろう顔を上げて軽く睨み付けてやれば、こほんと咳払いを一つ。 「あー、まぁ確かに長い付き合いだからな。自然と松本の話が多くもなる。 それに不本意だがお前もあいつとは仲が良いだろう?どうせなら共通の話題をと思っていたんだ」 ちょっと困ったような顔で笑って、優しく俺の背中を撫でてくる。 俺と話す時間を少しでも楽しいものにしようとしてくれていたという事だろうか。 そう思うと嬉しくて、胸に当てていた手を冬獅郎の背中に回した。 「それに、な。思い出したんだ。この間その松本にも同じ事を言われたんだよ」 「え?」 同じ事、とはどういう事だろう。えと、松本さんの話ばっかり、って?? 「そうじゃねぇ。俺が、一護の話ばかりだ・って、あいつにそう言われたんだよ」 「…え」 それは本当だろうか。冬獅郎は、あまりそういう事を人に話すイメージがないのだけれど。 「特に意識した事はなかったんだがな。どうやら無意識に出ちまってるらしいな」 少々照れくさそうに言いながら、俺の額に軽く口付ける。 その感触にどきりとしつつも、俺は松本さんが言ったらしい言葉が気になって仕方がない。 俺がいない時、松本さんと二人でいる時。一体どんな風に冬獅郎が俺の事なんて話しているのだろうか。 「何か、想像つかねぇな。なぁ、何話す訳?」 「…さぁな」 「さぁなじゃねぇ!気になるだろうが。なぁってば」 「何でもいいだろ。俺が、何時でもお前の事ばっか考えてるって、つまりはそういう事だ」 …どうして変なとこだけ直球なのだろうか、この男は。どうでもいい事ははぐらかすくせに。 嬉しいけれど恥ずかしい。どうしていいか分からなくなって、冬獅郎、と声を掛けようとしたら、 ついと顎を掴まれて深く口付けられた。 「んっ…、」 正直まださっきの事が気になっているのだが、 より深くなっていくそれに思考を中断させられてしまったので仕方がない。 何となく誤魔化された様な気がして腑に落ちないのだが。 本当のところはどうなのだろうか。 今度松本さんに聞いてみよう。 ++乱菊編++ 「それで?聞きたい事って何な訳」 「え!?いや、んーと…」 その、と言ってまた一護は俯いてしまった。その頬は僅かに赤い。 言いたい事は割とはっきり言うタイプの彼がそんな態度を取るのだから、 用件など大凡の見当がつく。 十中八九、我らが隊長日番谷冬獅郎の事でありましょうよ。 今現在この部屋の主である筈の彼はここにはおらず、 何かと真面目な上司がいないお蔭で公然と休憩(まぁサボリとも言うが)を満喫しているあたしと、 恋人を訪ねてはるばる現世からやってきた黒崎一護少年の二人きり。 彼の隊長に負けない位目の前の少年を溺愛しているあたしにとっては、 とてもとても美味しい状況。 誰の目も気にせず、一護を独り占めできるのだから。 だからと言ってむやみやたらに迫っては(や、そんなすごい事しようって訳じゃないのよ)、 後で隊長にどれだけの怒りを買うか知れない。 折角の楽しい時間をそんな心配をしながら過ごすのはよろしくない。 適度に適度に。他所のおばかさん達(恐れ多くも隊長格ばかりだけれど)とは違って、 乱菊さんは利口なのですよー。 …でもねぇ。 「うぅ…思わず聞きたい事があるなんて言っちまったけど…な、何て言や良いんだっ!?」 「(冬獅郎がいつも俺の事なんて言ってるか…)なんて、んな事、き…聞けねぇ…っ」 んな恥ずかしい事言えるかーっっ! …何やらさっきから一人で悩んだまま、一護は百面相。 言ってる事は小声過ぎて聞こえやしないが、赤くなったり頭を抱えたりと忙しい。 どうせ隊長の事で何かしら考えて自己完結したりしているのだろう。 分かりやすくて可愛らしいこと。 …そんな姿を目の前で見せ付けられたら、弄りたくなっちゃうじゃないの。 先程適度に、と言ったばかりだが、如何なんせ相手はあの一護。 つい遊びたくなってしまっても、仕方がないではないか。 「ま、松本さん、やっぱいいや。さっきのは無しで…」 「ああそういえばねぇ、あんたこの間隊長と現世でデートしたでしょう」 「ぅえぇっ!?」 徐に話を始めたあたしの声とその内容に、一護はとてつもなく驚いている。 「な、なんでそんな事知って」 「隊長に思いっきり自慢されたわよぉ? 一護ったら子供みたいにはしゃいじゃって可愛いったらないって」 「な、」 あらあらもう真っ赤になっちゃって。本当に可愛いわねぇ。 お姉さんちょっと癖になりそうよ。いやもうなってるか。 「別れ際に寂しそうな顔してたのがまた可愛いとか」 「あ、いつそんな事…っ」 「いつもいつも、一護一護って煩いわよ?逢えなきゃ逢えないで」 「え、ちょっと松本さん、待っ…」 「顔が見たいとか抱きしめたいとかキスしたいとか―――」 「わーわーわーっっ!!!も、もういいっ!それ以上聞きたくないーっ」 湯気でも出そうな程真っ赤な顔の前でぶんぶんと手を振って、一護はもう涙目。 耳を塞いで暫くうーとか唸っていたけど、やがて耐えられなくなったのか。 「とっ…冬獅郎の馬鹿――――――っ!!!」 なんて叫びながら飛び出していってしまった。声が段々と遠ざかって行く。 おお、あれが昔聞いたどっぷらー効果とかいうやつかしら。(何か違ったかな) 一人になったあたしは、そんな一護の姿にすっかりやられてしまって笑いが止まらない。 (ああもう本当に二人共分かりやすくて…可愛いったらないわよねぇ) 正直に言えば、先程一護に言った事の8割は、 隊長の仕事中の様子からあたしが勝手に読み取った事なんだけど。 でも嘘じゃない。 澄ました顔で書類を捌いていても、どこか浮き足立っていたり苛立っていたり。 (前は…あんなに感情を表に出す事なんて無かったのにね) 一切の感情を読み取らせる事も無く、完璧な天才ってイメージそのままの無表情。 それはまるで、周り全てを拒絶しているようでさえあったのだけれど。 ―――でも、今は。一護と出会ってからの、彼は。 (ふふっ…) そんな二人を見ているだけでとても暖かな気持ちになれる。 だから一護には、少なからず感謝しているのだ。 氷の様な彼の心に熱を与えた、貴き太陽。 それは、あたしの心も照らしてくれる。 (ま、さっきのはそんな一護へのあたしからのお礼ってとこかしらv) 広い執務室を独り占めして、うん、と思い切り背伸びする。 「今日は良い日だわぁv 一護の可愛い顔も見れたし、仕事はサボれるし―――」 「…松本てめぇ」 「(びくぅ!)あ、あら隊長、戻ってらしたんですか」 振り返れば、隊首室の入り口にはいつの間にやら隊長がこわぁい顔して立っている。 あーこりゃ、やばいわねぇ。 「てっめぇ…一護に何しやがった…!」 「いやですねぇ、あたし何にもしてませんよ?」 「んな訳ねぇだろ!あいつ、俺を無視して泣きながら走って行っちまったんだぞ!? おまけに、俺の事を馬鹿だとか何とか…」 「隊長の馬鹿って言ってたのなら、何かしたのはあたしじゃなくて隊長でしょう。 良いんですかぁ追いかけな・く・てv」 「ぐっ…」 にたりと笑って言ってやれば、うぐぐと顔を歪ませて悩んでいるようだ。 怒りはあるものの、恐らく泣いて出て行った一護の事が気になって仕方がないのだろう。 …まぁ、そんな心配するような事ではないんだけど。むふふー。 「ちっ…後できっちり話聞かせてもらうからな…!てめぇは仕事、ちゃんと片付けとけよ!?」 今にも駆け出しそうな体勢でも隊長は仕事を気にしているようだ。 そういえば、ここには今日中に捌かなければいけない書類の束が。 ああでもあたし、今日はもうちょっと一護で遊びたい。 どうせ隊長は後で幾らでもいちゃいちゃできるんですからね。 良いじゃないの今日くらい、あたしに分けてくれたって。 と、いうわけでー。 「あーあたしこれからお昼の時間なんでぇ。隊長!後よろしくお願いしますねっv」 「何!?ちょ、おいこら待ちやがれ、松本!」 「じゃ、いってきまーすっ!」 「松本ぉ!!!」 ああ、十番隊の副官てなんってオイシイのかしら。 ++冬獅郎編++ 「ったく…大体一護も一護だ。松本の話なんぞ真に受けやがって」 「たぁいちょーぅ、そういう独り言は一人の時に言ってくださいよぅ」 「うるせぇ。いいからてめぇは手を動かせ」 ぶーと口を尖らせる松本に溜息を吐く。 そんな事をして可愛いのは一護くらいのものだ。 …なんてことを言うとまた一護馬鹿だと言われるので口には出さないが。 一度筆を持つ手を休め、固く目を閉じた。すると浮かんでくるのは先程の一護の様子。 突如十番隊の執務室から、逃げるようにして走り去ろうとする彼を何とか引き止めてみれば。 一体何を吹き込まれたのだか、恋人である俺を恨めしそうにぐっと睨み付けてくるのだ。 しかも、赤く染まった頬に涙目というおまけつきで。 正直誘われてるとしか思えないその表情に、しかしてそんな場面ではないと我に帰りどうしたんだと 問い質してみたら返ってきた答えは「うるさいばかーっ!」だった。なんだとこの野郎。 どうやら酷く狼狽しているらしい彼を、折角来たのだからせめて仕事が終わるまで此方にいてくれと何とか 宥め賺し、漸く俺の屋敷で待っていてくれる事になったのはもう大分前の事だ。 未だに終わらない書類仕事に、つい苛立って舌打ちなんかしたくなるのは致し方ない事ではないだろうか。 …それもこれもあれも、すべては目の前で不真面目に仕事をしている副官の所為なのだが。 「あーあ、隊長は良いですよね〜。家に帰れば可愛い奥さんが待ってるんだから!」 「…誰が奥さんだ」 「何いってんすか一護に決まってるじゃないですか!!あたしにもその幸せをちょっとばかし分けて下さいよ」 やはり真面目に仕事をする気がないらしい松本は、くるくると筆を指で回し遊んでいる。 おい今書類の上に墨が跳んだぞ。 「さっきまでその奥さんと仕事ほっぽり出して遊んでたのはどこの野郎だ?ええおい」 「あ、それはあたしじゃありませんね。だってあたし野郎じゃありませんから」 「くだらねぇ屁理屈こねてんじゃねぇ!!」 思わず筆を握った拳を執務机に叩き付ける。だんと大きな音がした。ついでに書類に墨が跳んだがどうでもいい。 そんな俺の様子を見てとった松本がしかし不意に凪いだ表情で笑うので、続けて言おうとした言葉が喉の奥から 発せられる事無く消えてしまった。 「―隊長」 「何だ」 「…一護は、いい子ですよね。まぁ、ちょっとあれなところもありますけど。だから」 いつにない、真剣な顔で、声で。 「大事に、してくださいね。―でないと、あたしが貰っちゃいますからね?」 最後だけ、少しだけ茶化して笑った。けれど、最後までその視線が俺から外される事はなく。 ―そんなこと。 「言われるまでも、ない事だな」 「ですかねぇ」 答えれば、松本は目を伏せて笑った。俺も目を閉じ、そして浮かぶのは一護の顔だ。 少し困ったように笑うその顔も、名前を呼ぶ声も。 どれだけ大切かなんて、二人ともが知っている。 恐らくは今同じように目を閉じた松本の前でも、一護が笑っているのだろう。 その貴さを、噛み締めるように。 「…そうですねぇ」 「ああ」 低く返せば、松本はまた、笑った。 ―さて。 「その大事な大事な一護が待ってるからな。俺は先に帰らせてもらうぞ」 「え」 筆を置き書類を纏め勢いよく席を立つと、先程まで神妙な顔をしていた松本の目が丸くなった。 面白い顔だ。 「いやだちょっと待ってくださいよ隊長、まだこんなに仕事があるじゃないですか。 一人だけ逃げようったってそうはいきませんよ?」 「生憎と俺が目を通さなければいけないものはもう終わっている。後はてめぇでも処理できるモンしか残ってねぇよ」 とはいえ、軽く一山はあるのだが。 「そんなぁ〜!だったら隊長でもいいじゃないですか!手伝ってくださいよ!!」 「一護を大事にしないとならねぇんだろ?だったらあまり待たせてるのも悪いからな」 方便ではある。が、ただでさえ会える時間が限られているというのに、毎度毎度この不真面目な副官に直接 あるいは間接的に邪魔されてさらに一護との時間が減っているのだ。これくらいの仕返しなど可愛いものだろう。 今日できる仕事がまだないわけではないが、そんなものはまた後でやればいい。 「と言うわけで俺は早退する。後は頼んだぞ松本」 「えぇーそんなの横暴です職権乱用です!!隊長ずるいー!」 「ちなみにサボったら明日も残業だからな」 「鬼ィー!」 なんとでも。 執務時間内ではあるが、やるべきことはやっているのだ(むしろ明日の分まで終わっているくらいである)。 それくらい許されるだろう。というか許されろ。 「あーん隊長ぉ〜っ!!!」 だって隊長だもん。 END! |
2006.10.1 sakuto kamunabi BLEACH
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