何もかもが気に食わない。

   

   優しい眼差しも。

   緩く笑みを形作る口許も。

   甘く自分の名を呼ぶその声さえも。


   
   その全てが、愛しければ愛しい程、



   ――――――――――――――イラつく!




 月を指せば指を認む




   
   「冬獅郎!」

   「…日番谷隊長、だ!」


   今日もお決まりの台詞を繰り返す。

   十番隊の隊舎入り口から駆けて来るその橙色に名を呼ばれて、思わず足を止めてしまうのに。

   返すのは、もはや定番となった文句と不機嫌極まりない表情。

   そこらの平死神ならそれだけで逃げてしまいそうな程のまるで容赦のない射抜く様な視線に、けれどその子
   
   供は何を気にした風もなく平気な顔で近寄って来る。

   まるで無防備に。


   「良いだろ、冬獅郎で。それよりさ、浮竹隊長から書類預かって来たんだけど―…」


   いや、良くないだろ。少しは気にしろよ。仮にも目上だぞ。

   他の事では馬鹿みたいに律儀だったり、礼儀を気にするくせをして。

   まぁいつものことなのだが、それでも毎回正さないと気が済まない。

   いつになったら直してくれる?


   「大体一護、何でお前が書類なんか運んでんだ。そういうのは隊の人間の仕事だろう」

   「いや、ここに来る前に寄ったら何か皆忙しそうだったから。

    今日は浮竹さんが調子いいみたいでさ、日頃溜め込んだ仕事を出来るだけ片付けるんだって」


   いい心がけだ。あそこはいつも隊長の病弱を理由に(本当のことだが)無駄に書類を滞らせる。

   そのツケがうちにも回って来るんだ。お陰で無駄な残業が増えて飲みに行けないと松本がいつもぼやいてい
   
   たっけか。

   いや、だからそうじゃなくて。


   「…先に十三番隊に行ったのか」

   「ん?うん」


   ことり、と首を傾げてこちらを見つめてくるいやに可愛げのある仕草を何とも云えない気持ちで見返す。

   それがどうかしたか?と言わんばかりのその視線に、別に、と声に出さずに答えてから背を向ける。

   そのまま隊舎の外に向けて歩き出すと、慌ててついて来ようとする気配を感じた。


   「何だよ何かあんのか。あるなら言えってば。

    ていうかどこ行くんだ、仕事は?」

   「別に何もない。ついてくるな。書類は松本にでも渡しておけ」

   「一応隊長あてなんだよ。それから何もないじゃないだろ言えってば」


   食い下がるな。…言える訳がない。

   『一番に自分のところに来なかったのが気に食わない』なんて。

   そんなことを言えるような立場ではないのに。


   「ないものはない!いいからついてくるな。私用だ」

   「なんだよ…まったく、大概頑固だよな冬獅郎も。名前の事だってさぁ」


   一護に言われたくはない。それに、名前のことは意地とかそういうのでもない。

   ―――ただ、

   浮竹や京楽やら、果ては自分と同じように見た目歳の変わらない雛森でさえ『さん』付けで呼ばれているの
   
   に(女性陣はまぁ大体さん付けのようだったが)自分のことは最初っから名前で呼び捨て。

   それに酷く腹が立つ。


   
   『良いじゃないですか。親しげで』

   良くない。

   『隊長は贅沢ですよ。あたしだって一護に「乱菊」って呼んでもらいたいです』

   うるさい松本。仕事しろ。

   『名前で呼び捨てのほうが特別って感じするじゃないですか。一体何がそんなに嫌なんです?』

   黙れ。だって、それは、その特別は―――…


   
   俺だって初めは素直に喜んだ。それはもう内心馬鹿みたいに浮かれた。

   特別意味なんかなくても、確実に他の奴らよりは一護に近いところに居るのだと。

   だが違う。意味がある。

   それは、ある意味では特別なのだろう。

   そう、こいつが俺を見るとき、普段よりか幾分その眉間の険しさを緩めて笑んでいるのも。

   何の躊躇いもなく名前を呼ぶのも。

   俺と同じように、優しい眼差しで一護に名前を呼ばれる人間を俺はこの護廷内でもう一人知っている。

   そう、それは、


   『やちる』


   十一番隊副隊長草鹿やちる。

   何の臆面もなく一護に甘えられる、外見も中身も完璧に幼い彼女。

   あれと同等の、子供、という特別。

   
   
   ざけんじゃねぇ。


   
   尚も追って来ようとする一護を振り切ってそのまま一人隊舎から離れて行く。

   後ろのほうで自分の名前を呼ぶ声がする。それでも、振り向くことはなかった。

   これ以上、くだらない考えに囚われて苦く歪む顔を、見られたくはなかった、から。



   

   優しい眼差しも、緩く笑みを形作る口許も、

   自分の名を呼ぶその甘い声さえも。

   それらすべてが愛しいのに。

   
   そこに含まれる意味を考えただけで、いっそ憎らしいほどに。

   ただ、腹立たしかった。






   いつになったら分かってくれる?



   俺がお前を見つめるその視線が持つ意味に。









   なぁ、


   ――――――――――冬獅郎?





   2006.4.2 sakuto kamunabi                    →一護side
    BLEACH TOP

   恋次とか白哉とかも名前で呼ばれてますから!!…みたいなツッコミはスルーの方向で。(え)
    名前にこだわるシロちゃんとフランクな一護。隊長余裕がありません(笑)。
    どうでもいいけどタイトルの語呂が悪い。